コラム
プロが語る子育てのヒント 第41回「子どもは遊びながら言葉を学ぶ」
今井むつみ さん(大学教授)
あそびのもり 2017年 47号より
「言葉」は思考やコミュニケーションの道具であり、学習の基礎です。子どもはどのように学び、大人はどう助けたらいいのでしょう。研究者の今井むつみさんにお聞きしました。
国境を超えて認知科学と教育をつなぐABLE (Agents for Bridging Learning research and Educational practice)を主宰。講演会やワークショップを随時開催。
言葉は、誕生前から学ぶ
私の専門は、人間の発達のプロセスとその背後にある心の働きの仕組みを明らかにする、「発達心理学」です。主な研究分野のひとつが「子どもの言葉の発達」で、子どもはどんな前提をもって生まれ、生後は言葉をどう学び、どんな環境に影響されるのかなどを実験や観察を通して研究しています。
言葉、とくに母語は子どもにとって「教わる」ものでなく、「自分で学ぶ」もの。生きた学びそのものです。そもそも言葉がまったくわからないところから始まるので、単語の意味や文法などを大人が教えることなどできないからです。
子どもは「発見」「創造」「修正」というプロセスをくり返しながら言葉を学びます。(下図)実はまだお母さんのお腹にいるときから、外の音を聞き、リズムや抑揚などで大ざっぱな単語の区切りを見つけることから始めます。そして、生後6カ月ほどは聴こえてくる会話の特徴をさらに分析し、音のかたまりとして単語を切り出し、少しずつ意味づけしていきます。一般的に、物の名前(名詞)を初めに学び、続いて動詞や形容詞などを学びます。単に個々の単語の意味を学ぶだけでなく、会話に出てくる単語の位置や形などの違いからさまざまな規則性を見つけていき、そこで発見した知識を使ってさらに新しい単語を学びます。そうして、自分なりに「心の辞書」をつくっていくわけです。
そのうち、「辞書」の単語を使ったり、新しい単語を自分でつくったりしながら、カタコトのおしゃべりをするようになります。言い間違いも多いですが、大人の言い方に合わせたり、自分で考えたりしながら修正します。そしてまた、新たな発見をし、文章をつくり…、そんなプロセスをくり返しながら、「心の辞書」を充実させていき、言葉を獲得していくのです。
親の役割と良い関わり方
子どもが言語を学ぶとき、大人ができることは、「良質のインプットを与えること」しかありません。赤ちゃんや子どもにたくさん語りかけ、自然な会話を聞かせてあげればいいのです。そのとき心がけてほしいのは、子どもの発達段階によってお母さんの語りかけ方も合わせてあげること。話すスピードや単語の種類、文章の複雑さなどをやさしく調整しましょう。
幼児期になったら、使う単語の種類も増やし、少し複雑な文章で話すようにします。学ぶ側にとっては簡単すぎても難しすぎてもダメで、実力より少し上の、子ども自身がチャレンジできるくらいのレベルであることが大切。大人の役割はその時その時の子どもの言語能力を見極め、適切なレベルを設定することです。適切さは子どもそれぞれで異なるので、答えはひとつではありません。
でも、難しく考えなくても大丈夫。人間にはもともと相手に合わせる本能が備わっていますから、日常的にお子さんをちゃんと見ていれば、自然に合わせられるはずです。ただ最近は、スマホばかり見て子どもを見ていない親も多くて心配です。子どもの学びを助けるのは、日々の語りかけですから。
話題の“脳トレ”は有効?
言葉の習得には、活動や経験に結びついた働きかけも役立ちます。ただ語りかけるだけでなく、一緒に遊んだり、お散歩しながら体全体を使ったり、手触りや匂いなど五感全体で感じながら言葉に接することも有効です。このとき、たとえば、イラストなら最初は線画や色数も少ないシンプルなものから始め、発達に合わせて徐々に複雑でカラフルなものにしていくといいでしょう。
最近はデジタル機器を使って子どもの脳を刺激し活性化させることが知的発達などに効果があると注目されていますが、脳の一部の活動が一時的に増加することが子どもの発達に本当によい結果をもたらすのかはまだわかっていないので、注意が必要です。過剰な刺激は脳を興奮状態にさせ、かえって子どもの知性や感情の発達にネガティブに働くことも十分考えられます。
そもそも教育効果は長期的なスパンでしか測れないもの。一時的な脳の活性よりは、長い目で注意深く子どもの発達を観察してほしいです。すぐに結果を求めるのでなく、その子の10年後、20年後をイメージして焦らず、それぞれの発達段階にあった環境をつくってあげることが大切です。
今井先生は共同研究者として、脳の高次機能などを行う玉川大学脳科学研究所の取り組みのひとつ、「赤ちゃんラボ」にも参画。Photo / Mitsuru Mizutani
すべての基本は母語の確立
近年、幼い頃からのバイリンガル教育も注目されていますが、まずは母語をしっかり身につけることが大事です。幼い子にとって2つの言語を同時に学ぶのは負担も2倍になりますし、記憶力などにも限りがあります。バイリンガルの子はモノリンガルの子に比べて母語の語彙が少なく、小学校入学時点で不利になるという調査結果もあります。
アメリカの研究によれば、子どもの言葉の発達に家庭環境が大きく影響することがわかっています。アメリカの低所得層には移民家庭が多く、親の母語は英語でないため英語力に乏しい。しかし英語で語りかけなければと思い込み、自由に使える母語の代わりに不自由な英語を使うので、子どもは英語でも親の母語でも豊かな語りかけや会話をしてもらえない。すると、子どもは語彙が育たないばかりか、思考力も育たないのです。
幼児期はあっという間に過ぎてしまいます。しかし、この時期に育てなければならない能力はたくさんあります。母語の言語力は最も大事ですが、手先の操作をコントロールする能力や、空間の関係を理解・構成する力も大事です。もちろん、健康な体をつくるために規則正しい睡眠時間の確保も絶対に必要です。睡眠は思考力に大きな影響を与えることもわかっています。十分に睡眠を確保したうえで、起きている時間のなかで知性と体の発達の礎になる活動を子どもが楽しみながら経験できる環境を考えてあげること。これが親の役目だと思います。先ほども言いましたが、目先のことより、長期的に能力を伸ばしていくために、今何をすれば一番有効かという視点をもっていただきたいと思います。
言葉の学びを助けるあそび
子どもの言語の発達にはあそびが果たす役割はひじょうに大きいものです。あそびを通じて、子どもは主体的にさまざまなことを学ぶことができます。たとえば、ごっこ遊びや絵本の読み聞かせには、言葉のやりとりがたくさん含まれています。これらのあそびを通じて子どもはいろいろな言葉を見つけ学び、コミュニケーション力や自ら考える力も育っていきます。
もうひとつ、あそびを通じて子どもに得てほしいのは、「挑戦するマインドセット」です。パズルを解いたりブロックをイメージ通りに組み立てるのは、最初は難しいかもしれません。でも、子どもが自力で完成できるように親が少しずつヒントを与えながら助けてあげましょう。
失敗したり、上手くいかなくて癇癪を起こしたりしたときは無理に続けさせるのでなく、「やればできる」と子どもが達成感を得られるような適切なレベルを見極め、調整してあげましょう。あそびのときに語りかける内容や与える遊具、読む絵本など、大人の助けによって子どもは大きく成長します。それができるようになるためには、大人自身も「主体的に学ぶ」ことが求められるのです。
慶應義塾大学今井むつみ研究室は、国内最大級の子ども向けワークショップ博覧会にも参加。2014年には、モノの浮き沈みを体験させる「浮力探検隊」を実施。