コラム
世界の子どもたち アメリカ「ニューヨークの有名私立校に見る 教育の最前線」
文・ダグラス・ジママン / 写真・中西あゆみ
あそびのもり 2018年 50号より
トランプ大統領就任から1年以上が経ち、依然その動向が世界中から注目を浴び続けるアメリカ。本誌ではこの1年間にわたり、現地の人々の声を通して、家族の多様性や子育て支援についてご紹介してきました。様々な考えを持つ者たちが互いにバランスを保ち共存していくために、どう人を育むことができるのか。最終回では、 ニューヨーク市を代表する二校の有名私立校を通し、教育者たちの取り組みをお伝えします。
変化する世界のための教育を / Blue School(ブルー・スクール)
パフォーマンスアートカンパニー「ブルーマン・グループ」のメンバーによって2006年、マンハッタンに設立された「ブルー・スクール」は、革新的な教育法を取り入れていることで知られています。「変化する世界のための教育を新たに想像する」ことを目的とし、探求・遊び・アート・創造的思考を中心とした生徒主導でプロジェクトに基づく学習カリキュラムが提供されています。プリスクール※から8年生(中学2年)までを対象としたこの私立校の授業料は年間およそ5万ドル(約546万円※)です。
- 創立
- 2006年
- 対象
- プリスクール※から8年生
- 場所
- ロウアー・マンハッタン地区
- 授業料
- 年間約5万ドル(約546万円※)
- 理念
- 人生の道筋を変える体験となる充実した時間を過ごす環境を作ること
- プリスクール:2歳児以上を対象にした幼児教育を行うスクール。公立、私立両方あり、週に数回〜フルタイムで通うことができる。
- 1ドル=109円で計算。
紛争を解決するには、『私・あなた・私たち』を確立しなくてはなりません。
「我々の試みはすべて、神経科学に基づいています。100年間の教育理論を、過去10年間の神経科学に移行しようとする試みです」。ブルー・スクール&ブルーマン・グループの共同創設者マット・ゴールドマン氏は言います。
ブルー・スクールのPre-K※1クラス。
- Pre-K(=プリ・キンダーガーテン):キンダーガーテンよりさらに1年前に始まる就学前教育で、ニューヨークではその年に満4歳になる子どもは通う権利がある。
「学校教育とは当初、工場で働くか軍隊に入るよう人々を訓練するために考案されたものでした。現在に至るまで、その構造は変わっていません。また、これまで多くの偉大な学校創設者が進歩的教育を実践してきましたが、それは机上の理論に過ぎず、科学的な裏付けとなるものは、ほとんどありませんでした。試行錯誤を経た有効な実践内容もありますが、問題は、人々がただ机に向かっているだけでは、軍事施設にいるのと変わらない状態であるということです。進歩的な教育においてさえ、単に伝統に従って物事を行っているだけなのです」。ゴールドマン氏は続けます。
本校ではプリスクール※から、『私・あなた・私たち』という概念を教えています。『私』とは、他者から学び、 繋がることができるように、自分の心と繋がり、その心の状態を理解しなければならないということ。『あなた』は、いずれ他者を理解するのに不可欠な、相手に共感する方法を学ぶこと。『私たち』 とは、すべての生徒がより大きなコミュニティの一員であり、ある世界で自分の場所を見つけ、参加する必要があるということです。紛争を解決するには、『私・あなた・私たち』を確立しなければなりません」 。
- プリスクール:2歳児以上を対象にした幼児教育を行うスクール。公立、私立両方あり、週に数回〜フルタイムで通うことができる。
学校の玄関に集合する生徒たち。
教師とのたったひとつの体験が子どもの人生の道筋を変える。
子どもたちの遊び、コミュニケーションやアイデアは、教材を通じ、また他の生徒とのやり取りや彼らを取り巻く環境から生まれると就学前教育プログラム・ディレクターのローラ・セドロックさんは説明します。
「発想の転換ができる柔軟性のある子どもには、オープンエンドの教材が必要です。『オープンエンド』とは、固定された考え方を与えないことを意味し、子どもが新しいアイデアを生み出すことを可能にします。神経科学の研究も、乳児、幼児や子どもが手や身体を使うことが、いかに脳の発達と結びついているかを示しています」。
このような学習は、他者と協力するための、感情的で認知的な柔軟性を発達させます。「他者との協力」のプロセスを通じて生み出されたアイデアは、最終的に、完全に一人だけで行われた場合よりも、より豊かで高度なものに成長します。
ブルー・スクール玄関の下駄箱。
各クラスでは、毎朝の朝礼でその日のプランについて話し合います。カリキュラムは固定されておらず、教師が生徒と協力して決定します。
「教室で行うことについて、生徒たちに強い当事者意識を持ってほしい。教師は彼らの成長を手助けするためにそこにいるのです 」。
授業は探求型学習。同じ方法で教えることはないため、生徒だけでなく教師にとっても楽しいと言います。
「教師とのたったひとつの体験が、実際に子どもの人生の道筋を変えることを実証した研究は、数多くあります」とゴールドマン氏は言います。
「我々が試みていることは、人生の道筋を変えるような体験となる充実した瞬間や、数週間または数カ月を過ごす環境を作ることです。そのような充実した瞬間が時々、不定期に訪れるのではなく、意図的に頻繁に起こる環境を作ることができると思いますか?答えはイエスです」。
教育は、医療に似ている / Riverdale Country School(リバーデイル・カントリー・スクール)
創立111年の歴史を誇る名門私立校「リバーデイル・カントリー・スクール」は、ブロンクスのハドソン川を見下ろす丘の上にあります。マンハッタンから車で約1時間。都会の喧騒を離れ、3万坪の大自然の中にあるキャンパスには1,155人が通っています。4歳から小学校5年生までの「ロウアー・スクール」と、6年生から12年生(高校3年)までの「ミドル&アッパー・スクール」で構成されるこの学校は、その優れた教育機関としての評判と進歩的なカリキュラムによって、市内で最も「人気のある学校」の一つと言われています。年間授業料が約5万ドル(約546万円※)かかるにもかかわらず、この学校に子どもを入れたいと願う親たちの長いウェイテング・リストがあります。
- 創立
- 1907年に男子校として設立(現在は男女共学)
- 対象
- Pre-K※から12年生
- 場所
- ブロンクス区
- 授業料
- 年間約5万ドル(約546万円※)
- 理念
- 人生における意味と目的を見つける手助けとなる経験を積ませること
- Pre-K(=プリ・キンダーガーテン):キンダーガーテンよりさらに1年前に始まる就学前教育で、ニューヨークではその年に満4歳になる子どもは通う権利がある。
- 1ドル=109円で計算。
生徒にとって最も重要なのは、財政的な成功ではなく、人生の意味と目的の発見だ。
この学校では、他では見かけないような試みや研究と実践が多くなされています。教師の「デザイン思考」を養うこともそのひとつです。これは、誰もが「より望ましい未来を創造することができるという自信」を持ち、教師一人一人が新しい視点で教育をデザインする、という考え方。教育者向けにオンラインで公開されており、120カ国で5万回以上ダウンロードされています。
リバーデイル・カントリー・スクールのキャンパス。
「改革の先頭を切り、その実践結果を他校と共有することは、当校の教員や生徒にとって素晴らしい学びの経験になる」とドミニク A.A.ランドルフ学長は言います。
この学校では、「精神・人格・コミュニティ」にフォーカスした教育カリキュラムを組み、生徒の人格形成に重点を置いています。より良い人生のための目的意識を発達させる研究にも、力を注いでいます。
ブロックをソリ代わりに雪を滑る生徒たち。
「生徒にとって最も重要なのは財政的な成功ではなく、人生における意味と目的を見つけることだという研究結果が出ています。我々は、その助けとなる基礎的な経験をどう積ませ、いかに効果的に行うかに焦点を当てています」。
「教育というのは医療に似ている」とランドルフ学長は続けます。「研究を実践に移すには時間がかかります。我々の試みのひとつは、研究を他の学校よりも効果的かつ迅速に実践に移すこと。教育はその性質上保守的で、学校はリスクを恐れるものですが、もっと創造的になるべきです。試験的なプログラムや実験に対してオープンになる必要があると考えています」。
取材時は冬。雪のキャンパスで遊ぶ生徒たち。
現在のアメリカの変化に対しては、中核的な信念に立ち返ることが大切だと学長は言います。
「世の中では、適切な質問をし、何が明確な証となるのかを考えるクリティカル・シンキングが非常に重要です。当校では、質問し、証拠を構築し、分析して考えを進めるという手法を、初期の段階から実施しています。子どもたちには自分の意見を述べ、他者とは異なる視点をも提示できるようになってほしい。生徒がそのプロセスを早期に開始することが重要なのです」。