MAGAZINEあそびのもり
#子育て#あそび
時間を忘れて何かに夢中になること。
小さな子どもたちの成長にとって、それはとても大切な時間です。
私たちボーネルンドは、あそびを通じて子どもたちに「好き」や「夢中」を見つけてほしいという思いで、あそび道具やあそび場をお届けしてきました。
この特集では、そもそも「夢中になること」がなぜ私たちにとって大切なのかを、有識者の皆さんにお話を伺いながら考えていきます。
第一回目は、幸福学・ウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司先生にお話を伺いました。
人生における幸福や充実感を指す言葉。世界保健機関(WHO)は設立時に「健康」を「単に病気や虚弱でないだけでなく、「身体的・精神的・社会的に満たされた幸福な状態(=ウェルビーイング)」と定義し、個人の生きがいや良好な人間関係、社会的つながりの重要性を強調している。
お話を
聞いた方
前野隆司先生慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。
幸福学、幸福経営学、イノベーション教育を専門とし、ウェルビーイング、幸福学の第一人者として知られる。2024年4月からは武蔵野大学ウェルビーイング学部長も兼任。『「幸福学」が明らかにした 幸せな人生を送る子どもの育て方』ほか著書多数。
子どもたちに幸せな人生を送ってほしい。それは私たち大人みんなの願いです。幸せな人生=ウェルビーイングを叶える要素はさまざまですが、とくに欠かせない体験とされているのが「フロー体験」です。
フロー体験とは、非常に強い没頭、没入状態のこと。どのレベルまでのことをフロー状態と捉えるのか、は人によって違います。フロー状態に入るためにはたいへんな習熟が必要で、プロが何年も取り組んでやっとその状態に入る、という考え方もあります。(前野隆司先生・以下同)
僕は研究者なので「フロー状態についてはさまざまな見方がありますね」という立場ですが、集中から熱中、没入、そしてフロー状態までがスペクトラムに連続でつながっているということは、間違いありません。
つまり、時間を忘れて集中したり夢中になったりする状態も、フローのさわりに触れているということ。
フロー状態にあると、時間をほんの一瞬に感じたり、逆にスローモーションのように感じたりするといわれています。人との会話やあそびでも、気がつけばもうこんな時間になっていたという体験や、逆にその時間が楽しくてゆっくり感じる、たっぷり遊んだ気がするといった、短時間でも充実感を感じる体験も同じ。時間の感覚すら忘れてしまう感覚は、まさにフロー状態への入り口といえます。
子どものほうが、大人のように余計なことを考えずに集中できる分、フロー状態に近いところにいるかもしれません。熱中して何度も何度も同じことを繰り返しているように見えても、実は少しずつ指先の使い方を変えていたりします。
例えば「玉転がし」。何回も同じコースにボールを転がし続けるのを見て、何が楽しいのかなと不思議に感じたことがある親御さんも多いのでは?よく観察していると、ボールを少し違う場所に置いてみたり、何個も連続で転がしてみたり、毎回少しずつ違うトライを繰り返していることに気付かされます。
幼少期にあそびに集中することは、あらゆることへの習熟につながっています。最初は自分で動かすことさえできなかった指を、少しずつコントロールできるようになり、モノをつかめるようになったり。やがて図形や立体の認知までできるように。ほんの1〜2年で、ものすごい進化ですよね。あそびを繰り返していても、まったく同じことをしているわけではない。どんどんいろんなことを学んでいるわけです。そのなかで集中力もついていく。なぜこんなことに夢中に?と思うことがあっても、満足いくまでぜひ続けさせてあげてほしいです。
逆に、ひとつのあそび道具にあまり集中せず、どんどん新しいあそび道具に目移りしてしまうタイプの場合は、どうでしょうか。
集中力の高いタイプと飽きっぽいタイプ、先天的な違いはあります。ですが、飽きっぽいからダメ、ということでは全くない。そういうタイプは、常に新しいものを探索していて、それは主体的に選ぶ練習にもなっています。個性を伸ばしているところなんです。集中力だって後天的に成長するものです。無理にひとつのことに集中させる必要はまったくありません。なにより一番大切なのは、他の子と比べない。子育てはこの1点に尽きると私は思っています。
「あの子と違ってうちの子は」、「いつまでも同じもので遊んでいる」も、「ひとつのことに集中できない」も、どちらも隣の芝生が青いだけ。同じことばかり繰り返しているように見えても、逆に次々にあそび道具を乗り換えて飽き性のように感じても、子どもたちがそのとき夢中で遊んでいることに、違いはないのです。
幸福心理学の研究者・セリグマンは、「フロー体験は幸せな人生の大切なひとつの要素だ」と言っています。
まず、夢中になること自体がここちよい状態、幸せな状態です。人間の脳は、絶えず過去を振り返ったり未来を不安に思ったりしてしまいますが、夢中になっている状態では「いまこの瞬間」に没頭している。オキシトシンやセロトニンなどの、いわゆる幸せホルモンが出て、心がとても安定している状態なのです。マインドフルネスにも通じるといえます。
これからAIが発展していくなかで、ものごとに夢中になる体験は人間に不可欠な感性や創造性にもつながっていくと前野先生は力を込めます。
好きなことに集中して夢中になり、没頭する体験は、集中力やみずから勉強する力、創造性へとつながり、生き方自体が創造的になっていくためのきっかけになります。脳が活性化されることによって創造性を発揮したり、創造的に活動することで、人生は楽しく幸せになるのです。
何か新しいことを体験したり始めたりするときに感じるワクワクやドキドキは、大人になっても変わらないもの。それだけでも十分に幸福感を得られるが、そのトキメキはさらに、フロー体験への足掛かりにも。
教育現場に目を向けると、知識を積めこむ式の教育はもう何年も前に終わっていて、個性と感性を育てましょう、という方向にシフトチェンジしています。そこで大切にされるのは、創造性や夢中になる体験です
2030年に改訂される日本の新しい教育指導要綱にも、大きな変化が。
いまの教育指導要綱にも、やりたいことを主体的に見つけていく力の大切さがすでに記されていますが、さらに、2030年に改訂される次の教育指導要綱では、ウェルビーイングの考え方が中心になることが閣議決定されています。幸せになるために集中して、夢中になるということが教育現場でより重要視されるのは、間違いありません。
2030年というと、いま0〜1歳の子がちょうど小学校に入る頃。
ですから、これは強くお伝えしたいことなのですが、親御さんの価値観を変えたほうがいい。偏差値教育をされてきた世代ですが、かつての成功モデル、いわゆるお受験していい大学にいっていい会社に就職して……は完全に終わっています。これは大学教員としてもお伝えしたいところです。なにかと変化が遅い日本ですが、ゆっくりでも確実に変わっています。
これからの時代の子どもたちが幸せに生きていくために、私たち親世代ができることとは。
まず「子育てが私の使命」とならないことが肝心ではないでしょうか。「子育ては私がやっていることのひとつ」としてとらえ、趣味や仕事など、自分の好きなことをやる。やりながら、子育てをする。子どもは宝物じゃなくて別の人。親の所有物ではありません。子育てにすべてをささげて自分が犠牲になっていると、子どもも「親は犠牲になる人」だと思ってしまう。親が幸せな人であることは、子どもが幸せになるための基本中の基本。子どものためにも、まずは自分の幸せについて考えてほしい。
子どもの幸せのために、そして大人の幸せのために、フロー体験は大切な要素。集中して没頭できること、大人になってからでも見つかりますか?
大人も、好きなことなら集中できるはず。たとえば僕は文章を書くのが好きで、「あ、もう5時間たってる!」なんてこともしょっちゅう。でもそれは好きだから集中できるわけで、もし文章が苦手なら辛くて仕方がないですよね。だから好きになるということはとても大切。好きになって集中して、習熟すると得意になって、他の人に素晴らしいって言ってもらえて、より好きになる。
たとえ趣味の延長線上だとしても、集中して習熟していく過程が、かけがえのない体験に。
子どもは親をよく見ています。まさに親は鏡。まず親が集中すること。大人になってからも夢中になれることを意識的に探してみてください。
子どもに好きや夢中を求めるだけではなく、自分自身も何かにドキドキしながら、新しいことに挑戦する人生を。子どもと一緒に夢中になる時間を大切に、毎日を楽しんでいきましょう。子どもだけでなく、大人自身も夢中になることが、幸せな人生への第一歩なのですから。