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自分の「好き」をとことん貫こう!②

子どもが夢中になれる
「好き」は
どうしたら
見つけられる?

#探究学習#利他#あそび

『自分の「好き」を見つけ、わくわくと夢中になる喜び。その大切さを実感する一方で、「好き」を貫くことが、ときとして「自分勝手」「わがまま」と捉えられることも。
自分の好きを追究する「利己」は、他者の利益を願う「利他」と共存できるのでしょうか。
探究学習研究の第一人者である苫野一徳先生にお話を伺いました。

苫野一徳先生哲学者・教育学者/熊本大学大学院教育学部准教授

早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。経済産業省「産業構造審議会」委員、熊本市教育委員のほか全国の自治体や学校でアドバイザーを歴任。著書に「親子で哲学対話」ほか多数。2児の父。

早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。経済産業省「産業構造審議会」委員、熊本市教育委員のほか全国の自治体や学校でアドバイザーを歴任。著書に「親子で哲学対話」ほか多数。2児の父。

子どもにはもともと「夢中になる欲求」が本能的に備わっている?

次に、子どもが夢中になれる「好き」は、どうしたら見つけられるのかについてです。結論から言うと、放っておいてやるのがいちばん。子どもは勝手に好きなものを見つけるし、夢中になっていくからです。
アメリカの哲学者・教育学者のジョン・デューイは、子どもには「知りたい」欲求、「コミュニケーション」の欲求、「ものづくり」の欲求、「自己表現」の欲求、この4つの欲求が本能的に備わっていると説きました。
知りたいというのは、幼児によくある「教えて!」「どうして?」という欲求ですね。さらに「聞いて!」「一緒に遊ぼう」とコミュニケーションを取ろうとし、何かを作ることも大好き。作ったあとは「見て見て!」と言うでしょう。
これらはまさに、夢中になるための「土台」と言えるのではないでしょうか。

「遊ぶように学ぶ」こそが、最強で無敵

ところが学校では、子どもの気持ちをよそに、決められた時間割の通りに動くことを強いられます。もっと絵を描き続けたくても、次は算数ですと中断され、走りたくても座らされてしまう。「ねぇ聞いて!」と発言すれば、「静かに」と注意を受けるのです。
こんな生活を続けているうちに、子どもの「もっと知りたい」「やってみたい」という探究心は削がれ、夢中になる機会から遠ざかってしまいます。せめてあそびの場では、やりたいことをどんどん尊重していきませんか。対象はなんでも良いのです。基本的に、子どもが夢中になっていることなら、どんなことでも大切にしてほしいと思っています。
子どもは遊びながら、もっと楽しくしたいと創意工夫をし、人と関わり人間関係を学んでいます。その土台があれば、「学び」にも自然とつながるはずです。なぜなら「遊ぶように学ぶ」こそが、最強であり無敵なのです。人から指示されて、イヤイヤ学ぶのではなく、自分から夢中になって遊ぶように学ぶ。ここには圧倒的なパワーの違いがあります。この基礎力を育むためにも、子どもたちにはとことん遊んでほしいのです。

「好き」を貫く子どもの目はキラキラしています

そもそも、すべての子どもが、子どものときに夢中になったもので将来プロになるわけではありません。子ども時代の夢中に、「役に立つこと」を求める必要はないのです。わたし自身、これまでにいろいろなものに夢中になってきました。ミュージシャンになりたかった時期もあれば、小説家になりたかった時期もあります。その時々で没頭し、挫折や苦しい思いも経験しました。しかし、そこで粘り強くやり抜くことや、試行錯誤して探究する方法を知るのですね。こうしたら楽しいだろうかと考え、やってみることでこれは苦手だなと自分の向き・不向きを知り、得意を見つける。そうして自己理解を深めていくことが、人生をしあわせに切り開くことにおいては絶大に役立ちます。夢中になることに、ひとつも無駄はありません。
夢中になっているときの子どもの目は、イキイキとしています。もっとやってみたい、まだまだやりたい。そうやって子ども自身が夢中になっているのか、それともやることがないのでただ受け身で入り込んでいるだけなのか、その表情をよく観察してみてほしいです。