Q&A
赤ちゃんの成長と遊具「豊かな言葉で引き出す学び」
井桁 容子 先生
あそびのもり 2016年 44号より
赤ちゃんの頃は興味のままに動き、触れるものすべてから自ら学びます。そのもととなる好奇心を引き出すためには、どのような声がけがよいのでしょうか。保育の現場でたくさんの親子と接している井桁容子先生にうかがいました。
Q1赤ちゃんは自分では話せませんが、親の言葉をどのように受けとめているのでしょうか。
赤ちゃんはお腹のなかで周囲の話を聞いていると言われています。ですから、生まれたときから母語がわかるし、お父さんやお母さんの声を知っています。難しく考えなくても、家族の声にはとくに安心しますし、落ち着いて受けとめることができます。大人同士で話すより、ややゆっくりで、目を合わせて話しかけると、じっとこちらを見て反応します。「おはよう」「おやすみ」などの状況に合わせた挨拶や、「気持ちがいいね」「今日は暖かいね」など感じたことを言葉にすることからはじめてみましょう。言葉とは「机」「コップ」など、その単語を覚えればよいというものではなく、自分の気持ちや感覚を表現するための道具です。周囲の大人が常に状況や気持ちを言葉で表現していれば、それを赤ちゃんは蓄え、やがて言葉を自分の気持ちを伝えるために使えるようになります。
Q2「これは何?」と乳児が興味を示すしぐさには、どのように答えれば理解が深まるのでしょうか。
赤ちゃんは言葉で「これは何?」と聞くよりもずっと前から、手に持ってじっと見たり、動きを目で追ったりと、まわりにあるものに興味を示して、それが何なのかを知りたがっています。興味をもったものへの吸収は驚くほど早いのです。名詞だけでなく、そのものから感じることを言葉として伝えましょう。たとえば“リンゴ”は実際に触ってみれば、「冷たいね」「いい匂いだね」「おじいちゃんが送ってくれたね」と、言葉にできますよね。赤ちゃんと一緒に見て感じて、身近な大人がそれを言語化することがとても大事なんです。心にたまっていくような言葉を内言語(※)と言いますが、これが赤ちゃんの思考のもとになります。どこかで、リンゴに似た匂いのものに出会ったとき、「あれ、リンゴかな?」と、記憶から比べることができるし、表現も豊かになります。
- 内言語:声や文字になって外にあらわれない言語。頭のなかで思考するときの道具のような、言語活動を内面化したもの
感性のアンテナには個人差があり、興味の対象は赤ちゃんによって実にさまざま。好奇心を育むにはお母さんの存在すら意識せず、自由に動ける安心感が必要です。心から安心して生活するなかで、赤ちゃんが「あれ?」と気づいたものに、丁寧に応えていれば言葉を単語として覚えるのではなく、そのものの本質を理解していくことができるでしょう。
リンゴもよく観察すれば、赤くて丸いだけではありません。赤ちゃんの頃から名詞や記号としてだけでない、ものの意味づけの言葉を共感しながら聞いていれば、語彙や想像力が育ち、豊かな表現力が身につきます。
Q3日々できる動作、あそび方も変わっています。遊んでいるときの言葉かけで大切なことはありますか?
パズルや仕掛けものなど、考えて行う遊具で夢中で遊んでいるときは声をかけないほうがよいのですが、なるべくそばにいるようにしましょう。社会的参照(※)と言いますが、赤ちゃんは一生懸命やっている途中で、それが正しいことなのかどうかを確認するために、信頼する人を見るんです。ピースをひとつ動かしたとき、「どう?」と、こちらを見ます。そのときに「いいね」と応えてあげれば、これは大丈夫なんだと安心し、行為と言葉が一致して自信になります。
- 社会的参照:他者への問い合わせとも言い、とくに赤ちゃんや幼児が自分の行動に対して、大人の表情を手がかりに承認を求めた上で行動することをさす心理学用語
おままごとなどのごっこ遊びには会話も大切です。子どもたちは本気でやっています。無理に「パクパク、ゴックンおいしいねえ」と、合わせなくても、「スパイスが効いたカレーね」や「今日は靴を買いに行きたいわ」など、こちらも本音でつき合ってみると、応じてくれるので、「こんなことを知っているんだ」というような発見もあり、大人も楽しめますよ。
夢中で遊んでいるときには声をかけたりせず、様子を見守っていれば、その子の嗜好や手や指先の発達段階などがよくわかり、次のあそびを提案してあげやすくなります。
Q4集団のなかで上手なコミュニケーションがとれるか心配です。
3才までは自分の世界を育てる時期です。無理にコミュニケーションをとらなくても大丈夫です。児童館などに行ってみて、楽しそうであれば通ってもいいし、興味が向かないようであれば、親子だけでどこかに出かけるのでもよいので気楽に考えましょう。
たとえば、集団の場で遊具が取り合いになった場合の、「貸して」と「どうぞ」というやりとりも一見正しいことのようですが、夢中で遊んでいる遊具を急に貸すことはできないことだってあります。無理に大人が貸してあげるようにすると「わかってもらえない」と思ってしまいます。一方、「どうぞ」ばかりでは愛着を育てることはできません。ものを大切に思う気持ちは愛着から生まれます。この頃の上手なやりとりが、その子にとってよいことにはならない場合もあるのです。いつまでに何ができるようにならなければと、育てることを急がずに、その子の気持ちの側に立ってみて、育ちに合わせて落ち着いて過ごせる環境を見つけられるとよいですね。
Q5どのような言葉かけをすると次への意欲につながりますか?
赤ちゃんの「できた!」のアピールに、「すごいね!」と共感してあげれば、「もっとやりたい!」につながります。こちらに視線が来たときに、うなずいたり、にっこりするだけでも十分です。逆に大人のして欲しい方向にさせたくて過剰にほめることは、そうでないと認められないという強制になるので注意したいですね。赤ちゃんが何かしてくれたときには「ありがとう」「嬉しいわ」と自分の気持ちを伝えてみましょう。その経験をくり返すことが、「またやりたいな」「こうすると喜んでくれる」という気づきになります。「ありがとう」を言われていれば、お友だちにも「ありがとう」が言えるようになります。周囲の大人が肯定的な言葉を意識して使えば、前向きな捉え方ができるようになり、やる気だけでなく人間関係も築きやすくなります。
気に入った遊び方があるようなら、それが深まる道具を用意すれば、興味の幅も広がります。何かを並べるのが好きなら、大きめの積み木や牛乳パックでつくったブロックを渡してみます。お料理に興味をしめすようなら、おままごとに使いやすい道具を探したり、厚紙で包丁などをつくってあげましょう。